ミーコ
私が当時住んでいた家の塀は野良猫の通り道だったらしく、
動物嫌いの母が嫌そうに話してたのを覚えていた私は、何気なくその時間に一階のリビングに向かった。
うん、猫だ。
窓からすぐの所に塀があり、窓を開ければ猫に手が届く距離。
私がじっと見つめるとその野良猫もじっと見つめる。
最初はそれだけで十分だった。
次の日も、また次の日も同じ時間に私はリビングに降りた。
その度にいつもの猫と視線を合わせるのだ。
初めはふいっと行ってしまうだけだった猫も警戒心が緩んだのか、
塀の上に座って私を見るようになった。
私はその野良猫を「ミーコ」と呼ぶことにした。
特に何かするわけではなかったけど、ミーコは毎日決まった時間に私に会いに来てくれていた気がする。
窓を隔てた向こう側でミーコは座って私を眺めていたし、私もミーコを眺めていた。
ミーコが現れたことで、ずっと部屋に引きこもっていた私は自然と両親にミーコの話をするようになり、今思えば両親にとってそれはとても嬉しいことだったと思う。
ある日母がキャットフードを買ってきた。
「懐いたらミーコ飼ってもいいよ」という言葉を添えて。
あの、超がつくほどの動物嫌いの母がそう言った。
母的にもやはり、部屋に引きこもりっぱなしの娘が毎日リビングまで降りてくるのが嬉しかったんだろうか。
比較的ミーコは早く私に懐いた。
(本当は野良猫を餌付けすることはいけないことですが!)
私の姿が見えないとニャーンニャーンと鳴いて呼び、
窓から手を伸ばすと撫でさせてくれるくらいまで仲良くなれた。
あとはもう家で飼うまで秒読みの段階まで来た次の日のこと。
ミーコはその日から姿を見せなくなった。
来る日も来る日も私はリビングでミーコを待ち続けた。
でもミーコが姿を見せることはなかった。
リラックスした表情でお餅みたいに塀に座っていた姿が、ミーコを見た最後の姿。
ちらっと父が母に「近くの道で猫が轢かれていたけど…」と言っていたのを聞いてしまったけど、それがミーコなのかは今となってはわからない。
ミーコが来なくなってからしばらくして、
私はまた部屋に引きこもるようになったのは言うまでもなく。
しっぽが短くて白と薄オレンジの、
とても凛々しい顔つきの成人猫でした。